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東京地方裁判所 昭和59年(ワ)5004号 判決

原告

興亜火災海上保険株式会社

被告

群馬県

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当時者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、五一二三万四六六五円及び内二四二三万四六六五円に対する昭和五九年五月二三日から内二七〇〇万円に対する昭和五九年九月一日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  保険契約の締結と損害の填補等

原告は、訴外大東窯業株式会社(以下「大東窯業」という。)との間で、その保有に係る普通乗用自動車(熊谷五五ま二〇九三号、以下「加害車」という。)につき自動車損害賠償責任保険(以下「自賠責保険」という。)及び対人賠償自動車保険(以下「任意保険」という。)の各契約を締結していたところ、加害車の惹起した後記自動車事故につき自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条に基づき大東窯業が訴外中金吉則(以下「中金」という。)に対して合計五一二三万四六六五円の損害を負担するに至り、中金に対し本訴提起前に二四二三万四六六五円を支払つたほか、昭和五九年八月三一日に更に二七〇〇万円を支払つたので、自賠責保険及び任意保険契約に基づき、大東窯業の支払の都度その支払による損害を填補した。

2  保険代位

(一) 被告は、地方公共団体であり、後記道路を設置し、管理する者であるところ、中金の被つた前記損害は、次に述べるとおり被害の道路の設置・管理の瑕疵に起因して生じた自動車事故によるものである。

すなわち、訴外神部祐市(以下「神部」という。)は、昭和五五年一一月一三日午後八時一〇分ころ、加害車を運転して、群馬県多野郡鬼石町譲原六番地一号光道路(県道鬼石中里線、以下「本件道路」という。)を藤岡市方面から万場町方面に向けて走行中、先行する自転車を追い越すため、時速約六〇キロメートルで対向車線に進入して行つたところ、訴外小林謙三(以下「小林」という。)運転の対向車両(群五七そ九三〇八号、以下「被害車」という。)の前照燈の明りを発見し、ハンドルを左に急転把して自車線に戻つた際その左側に設置されたガードレール(以下「本件ガードレール」という。)に自車を接触させ、そのまま右ガードレールのとぎれる西端まで車体を擦過(約五・三メートル)しながら走行したうえ、その先に設置された高さ二五センチメートル、幅一八センチメートルの縁石(以下「本件縁石」という。)に車輪を衝突させるなどした後、対向車線に進入させ、被害車に正面衝突させて小林及び同乗中の中金に重傷を負わせたものである(以下「本件事故」という。)。

ところで、本件縁石は、加害車車線左端沿いに設置された本件ガードレールがとぎれる西端の少し先から万場町方面に設置されていたものであるが、本件事故当時は本件ガードレール側面の延長線上に設置されていたものではなく、右延長線の内側すなわち車道内に大きくずれ込み、車道路面上に突出する状態で設置されていたものであり、そのために、本件ガードレールに沿つて走行した加害車は、左前輪が本件縁石の端部に衝突し、急角度で進路右方向に逸走し、対向車線に進入して行つたものである。したがつて、本件道路は本件車道路面上に突出する状態に本件縁石が設置されていたこと(以下「本件縁石の存在」という。)によりその通常有すべき安全性が欠如していたことが明らかである。

したがつて、被告の設置・管理する公の営造物である本件道路に設置・管理の瑕疵があつたというべきであるから、被告は、国家賠償法(以下「国賠法」という。)二条一項に基づき、本件事故により中金の被つた損害を賠償すべき責任を負うといわなければならない。

(二) 前記1のとおり、大東窯業は中金に対し五一二三万四六六五円の損害を負担し、その支払をしたことにより右限度で同人が被告に対して有する前記国賠法二条一項に基づく損害賠償請求権を代位取得したものであるところ、原告は、大東窯業に対し右支払による損害を填補するため右と同額の保険金を支払つたので、商法六六二条一項、自賠法二三条に基づき、大東窯業の被告に対する右損害賠償請求権を取得したものである。

3  よつて、原告は、被告に対し、五一二三万四六六五円及び内二四二三万四六六五円に対する本件訴状送達の日の翌日である昭和五九年五月二三日から、内二七〇〇万円に対する同年九月一日から各支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  被告の認否及び反論

1  請求原因1の事実(保険契約締結、損害の填補等)は認める。

2  同2(保険代位)は、(一)のうち第一段は、被告が地方公共団体であること、本件道路の設置、管理者であることは認めるが、その余は争う。第二段の事実は認め(ただし、加害車の時速が約六〇キロメートルであつたとの点は否認する。)、第三段は本件ガードレールが万場町方面側(西方)でとぎれ、その少し先から本件縁石が設置されていたこと、右縁石がガードレール側面の延長線上よりわずかに車道側に入り込んでいたことは認めるが、その余の事実は否認し、本件縁石の存在により本件道路の安全性が欠如していたとの部分は争う。第四段は、被告が本件道路の設置・管理者であることは認めるが、右設置・管理に瑕疵があつたとの主張は争う。

(二)は、中金に対する損害の負担・支払い、大東窯業に対する損害の填補は認めるが、被告の損害賠償責任を前提とするその余の主張部分は争う。

3  同3の主張は争う。

4  道路の設置・管理の瑕疵とは、当該道路が「通常有すべき安全性」を欠いている状態をいうが、右の判断は、運転者の通常の道路利用を前提にしてされるべきであり、運転者が一般に考えられるような走行をしていたにもかかわらず、道路の安全性に欠けるところがあつたために事故が発生した場合にはじめて瑕疵があるものと解すべきである。

本件縁石は、本件ガードレール側面の延長線より車道側にわずか数センチ程度のずれ込みを有していたが、車道部分にまで侵入していたものではない。すなわち、本件道路の車道部分は、加害車車線についても、その外側線が白線をもつて明示的に区分されていたが、右白線は本件ガードレールの車道側の内側から本件縁石の同じく内側に位置するよう引かれており、車両が右白線で区分された車道部分を通行する限り、本件縁石の存在が車両の走行の安全に支障を及ぼすことは全くない。したがつて、本件縁石の存在は、何ら本件道路の瑕疵となるものではない。

また、右の点を措いても、加害車は、その前輪を本件縁石に衝突させたことにより対向車線に逸走して行つたものではないから、本件事故は、本件縁石の存在とはそもそも何ら因果関係がないのである。

ここで改めて、本件事故発生の経緯をみるに、加害車を運転していた神部は、最高速度時速四〇キロメートル追い越しのための対向車線へのはみ出し禁止の規制が行われており、かつ、見通しの悪い左カーブに差しかかつたにもかかわらず、先行する自転車を追い越すために、漫然と時速七〇ないし八〇キロメートルもの高速で中央線を越えて対向車線に進入して走行したところ、前方約一〇〇メートルのところに対向進行してくる被害車の前照燈を発見し、狼狽の余り急激にハンドルを左転把して本件ガードレールに自車を衝突させ、その際の衝撃と高速度とが相まつて操縦の自由を失い、対向車線に暴走させて本件事故を発生させたものである。したがつて、本件事故は、専ら同人の無謀な運転行為に原因するものであり、本件道路の瑕疵などとはおよそ関係がないものである。

以上のとおり、いかなる点からしても、被告には、本件事故につき、国賠法二条一項の損害賠償責任を問われる理由はないことが明らかというべきである。

第三証拠

証拠関係は本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

一  請求原因1の事実(保険契約の締結、損害の填補等)は当時者間に争いがない。

二  ところで、原告は、保険代位の前提として、本件事故は本件道路の車道上に大きくずれ込んで設置された本件縁石端部に加害車が左前輪を衝突させ、このために加害車が車道内側に逸走して発生したものであるとして、本件縁石の存在をもつて被告に国賠法二条一項の損害賠償責任があると主張するので判断する。

1  本件縁石、本件ガードレールを含む本件道路が被告の設置・管理に係る公の営造物であることのほか、神部が昭和五五年一一月一三日午後八時一〇分ころ、加害車を運転して本件道路を藤岡市方面(東方)から万場町方面(西方)に向かつて進行中、先行する自転車を追い越すため、対向車線に進入したところ、対向進行してくる被害車の前照燈を発見し、ハンドルを左に急転把して自車線に戻つたものの本件ガードレールに自車を接触させ、車体を同ガードレールに約五・三メートル擦過させながら走行したのち、更に、高さ二五センチメートル、幅一八センチメートルの本件縁石突端に左側車輪(前後輪の特定を除く。)を衝突させるなどして、自車を対向車線に逸走させ、被害車と正面衝突させたこと、本件ガードレールが万場町方面側でとぎれ、その少し先からは本件縁石が設置されていたこと、右縁石がガードレール側面延長線よりは車道側にずれ込んでいたこと(その程度を除く。)は当時者間に争いがない。

2  右争いのない事実に、成立に争いのない甲一号証の二四(乙一号証と同一)、二五(乙二号証と同一)、三〇、三一、三五、三七、四一、甲三号証の一ないし五、六号証の一ないし三、八号証、その方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定される乙七号証を総合すれば、以下の事実が認められる。

(一)  本件道路は、片側車線で、車道部分を画する両端の外側線までの総幅員が五・七メートルで、右外側線の外側、藤岡市方面から万場町方面に向う加害車の進路左側に約三〇メートルにわたり本件ガードレールが設置され、これがとぎれた西方(万場町)側には、本件縁石が設置されて続き、これらの左側(南側)にはガードレール部分に沿つて幅員二・五メートルの、本件縁石に沿つては幅員約一・七メートルの歩道が設けられている。

(二)  本件道路は、本件ガードレール東端まで藤岡市方面から万場町方面に向かうゆるやかな左カーブを成しており、右ガードレール東端から万場町方面に向つては直線となつており、右カーブの存在のためにその先後からの互いの見通し状況はさほど悪くないが、本件事故発生当時は、夜半であり、街路燈がなく、また、市街地から離れた一帯で人家もまばらであるため、右道路一帯は暗い状況であつた。

また、本件道路の右付近一帯には、追い越しのための対向車線へのはみ出し禁止及び最高速度につき時速四〇キロメートルの各規制がされていた。

(三)  本件縁石は、本件ガードレールの万場町側の西端支柱に取り付けられたガードレール側面から同町方向に約七〇センチメートル程度離れた地点から同町方向に向けて外側線の外側部分にかかるように設置されている(高さは約二五センチメートル、幅一八センチメートル)が、右ガードレール西端の側面と比較してみた場合、縁石が約一〇センチ程度車道側に出ているがその差を正確に数値で特定することはできない。なお、本件縁石の開始部分(東端となる。)には、朱色の夜光塗料が塗布されているため、夜間でも右縁石の存在は明確に視認することができる状態にある。

(四)  神部は、本件道路を万場町方面に走行中、本件ガードレール東端から藤岡市側へ約二九メートル寄つた付近に至つたころ、前方約一八メートルの付近を同一方向に進行していた自転車を追い越すため、少なくとも指定最高速度を二〇キロメートル以上上回る時速六〇キロメートル以上の速度で、禁止されているにもかかわらず対向車線にはみ出して進入し、更に約三四メートルほど対向車線を進行したところで、対向進行してくる被害車の前照燈の光を一〇〇メートル前方に視認し、あわててハンドルを左に急転把し自車線に戻ろうとしたためハンドル操作を誤り、本件ガードレール側面に自車を衝突させ、一層狼狽し、しかもかなりな高速であつたことから適切な運転操作ができないまま、ガードレール側面を西端まで約五・三メートルにわたつて擦過したのち、更に本件縁石東端部に左後輪を乗り上げ、右縁石を約五・四メートル擦過した挙句(神部はそのころ縁石に衝突した衝撃で意識を喪失したことがうかがわれる。)走行の自由を全く失つた加害車が反対車線に逸走し、被害車と正面衝突した。

以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

3  国賠法二条一項にいう営造物の設置又は管理の瑕疵とは、営造物が通常有すべき安全性を欠く状態をいい、かかる瑕疵の存否については、当該営造物の構造、用法、場所的環境及び利用状況等諸般の事情を総合考慮して具体的個別的に判断すべきものであるところ、前記認定事実によれば原告が本件道路の瑕疵と主張する本件縁石の設置状況は、本件ガードレール西側の外側面と比較すると約一〇センチメートル程度車道側にはみ出し、車道の外側を画する外側線の一部にかかつてはいるものの、これを越えて車道側にはみ出しているものではなく、また本件縁石の始まり部分(東端部)には蛍光塗料が塗布されているため夜間走行する車両の運転者でもその存在は明確に視認できるのであつて、かかる事情に照らすと、自動車が走行を義務づけられている(道路交通法一七条一項)車道部分を通常の方法で走行する限り、本件縁石の存在は何ら車両走行の安全性を害するおそれはないことが明らかというべきであるのみならず、前記認定事実によれば、本件事故発生に至るまでの神部の運転態様は、制限速度を時速二〇キロメートル以上も超過したうえ、追越しのためのはみ出し禁止にも違反して先行する自転車を追い越すため対向車線に侵入して走行し、被害車の前照燈を発見するや客観的には回避措置を採る十分な間隔があつたのに、あわててハンドルを左に急転把したために、正常な態勢で自車線に戻ることができず、これを突つ切つて本件ガードレールに接触し、これを擦過しながら、操縦の自由を失つた状態で暴走するという通常想定される態様からはるかに逸脱した異常な運転行為ということができるから、仮に加害車の前輪が本件縁石の端部に衝突し、これが最終的に同車を反対車線に逸走させる一因となつたとしても(関係証拠を精査検討するも、合理的な疑いを越える程度に右事実を認定することは困難というべきである。)、本件縁石の存在をもつて本件道路が通常有すべき安全性を欠いていたといえないことは明らかである(結局本件事故は、専ら神部の軽率な運転行為によつて惹起された交通事故にすぎず、その結果については神部及びその保有者たる大東窯業が責任を負うべき筋合いのものである。)。

4  そうだとすると、本件道路が通常有すべき安全性に欠けるものということができず、その設置・管理に瑕疵はなかつたというべきである。

三  以上のとおりであるから、本件道路の設置・管理の瑕疵があることを前提とする原告の保険代位に基づく本訴請求は、その余について判断するまでもなく理由がないからこれを失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 塩崎勤 藤村啓 比佐和枝)

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